どこまで行っても、結局自分


人生生きてると色々起こる。段落

自分もそれなりに色々とあって、人の心についてや、生き方についてかなり懸命に学んできた。

最近富に思うのは、「どこまで行っても結局自分」であるな、ということ。

この世界を、自分を、どういう眼差しで眺めているか。

それが全てを決めている。

自分の世界は、全て自分が作っている。

自分が自分に与えているものが、世界に投影されていく。


とてもシンプルで、体感覚が必要な法則。

現実は自らの眼差しで変わっていく。

だとすると、現実って実はとても柔らかくて、あっという間に変わるものなんじゃないか。

それだけの力を、自分は持っているんじゃないか。

これってかなりすごい事だ。

どこまで行っても、自分の気持ちと向き合う事。

それだけがこの世界を決める。

昔、自分の気持ちを見たくないという人がいた。

今思えば、自分の本音に思い切りバツをつけてていて、それを見たくなかったんだなと思う。

そして、そんな人に出会ったということは、自分の中にも同じ要素があったということ。

縁が切れるのは当然の流れだったのかもしれない。

どこまでいっても、結局は自分。

いけすかない上司も、いうことを聞かない子供も、手伝わない旦那も。

全ては自分が創り出している。

自分の本音に耳を傾けよう。

悲しみや苛立ちの奥にあるものを、たしかに掴もう。

そんな自分を赦していこう。

世界を作るのは、どこまでいっても自分なのだ。

どこまでも自分と世界に、優しい眼差しを持とう。

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